スポーツ仲裁で処分が取り消されました。
仲 裁 判 断
公益財団法人日本スポーツ仲裁機構
JSAA-AP-2018-008
JSAA-AP-2018-011
JSAA-AP-2018-008号仲裁事案
申立人1 :X1
申立人1代理人:弁護士 岡本 浩明
同 安藤 友人
同 鷲見 和人
同 山内 沙絵子
同 田島 朋美
同 大澤 愛
JSAA-AP-2018-011号仲裁事案
申立人2 :X2
申立人2代理人:弁護士 神谷 慎一
同 稲川 博一
同 豊田 聡子
両事案
被申立人 :公益財団法人 日本バドミントン協会(Y)
被申立人代理人 :弁護士 津留崎 裕
主 文
本件スポーツ仲裁パネルは次のとおり判断する。
1 被申立人が2018年9月10日付で行った申立人1に対する被申立人会員登録の無期登抹消処分(以下、「本件処分1」という。)を取り消す。
2 被申立人が2018年9月10日付で行った申立人2に対する被申立人会員登録を無期にり認めないこととする処分(以下、「本件処分2」という。)を取り消す。
3 仲裁費用は、被申立人の負担とする。
その余の請求については、却下する。
理 由
第1 当事者の求めた仲裁判断
1 申立人1は、以下のとおりの仲裁判断を求めた。
(1) 被申立人による本件処分1を取り消す。
(2) 仲裁費用は、被申立人の負担とする。
2 申立人2は、以下のとおりの仲裁判断を求めた。
(1) 被申立人による本件処分2を取り消す。
(2) 申立人2を被申立人の会員として登録する。
(3) 仲裁費用は、被申立人の負担とする。
3 被申立人は、以下のとおりの仲裁判断を求めた。
(1) 申立人1の請求の趣旨について
(ア) 申立人1の請求の趣旨(1)を棄却する。
(イ) 仲裁費用は、申立人1の負担とする。
(2) 申立人2の請求の趣旨について
(ア) 申立人2の請求の趣旨(1)を棄却する。
(イ) 申立人2の請求の趣旨(2)を却下する。
(ウ) 仲裁費用は、申立人2の負担とする。
第2 事案の概要
本件は、申立人1が被申立人による本件処分1の取消し等を求め、申立人2が本件処2の取消し及び被申立人の会員として登録すること等を求めた事案である。
第3 判断の前提となる事実
本件について、当事者間に争いのない事実及び証拠等により容易に認められる事実は、以下のとおりである。
1 申立人1は、A社・バドミントン部の元コーチであり、その後、同バドミントン部が廃部になった後、2015年にB社・バドミントン部のコーチとなり、更に、2018年からはチームCのコーチとなった者であり、被申立人の登録会員であった。
2 申立人2は、A社・バドミントン部の元監督であり、その後、同バドミントン部が廃部になった後、2015年にB社・バドミントン部の監督となり、更に、2018年からはチームCのコーチングコーディネーターとなった者であり、B社に所属していた際は被申立人の登録会員であった。
3 被申立人は、その定款によれば、日本におけるバドミントン界を統轄し、代表する団体である(丙2号証)。
4 2018年、申立人1、申立人2(以下、二人あわせた場合「申立人ら」という。)がB社・バドミントン部からチームCに移籍した後のB社からの告発を契機に、被申立人は申立人らに対する「ヒアリング」を事前の通知の上で実施し(甲5、7から10号証、丙1、7から8号証)、同年9月22日、後述の事案1を理由に申立人1に対して、後述の事案1から3を理由に申立人2に対して、それぞれ本件処分1と本件処分2を決定した(甲5号証、丙1号証)。
5 同年10月1日、申立人1は、本件処分1の取消し等を求めて、公益財団法人日本スポーツ仲裁機構(以下、「機構」という。)に本件仲裁を申し立てた。また、同年12月8日、申立人2は、本件処分2の取消し等を求めて、機構に本件仲裁を申し立てた。その上で、2019年1月7日、機構は、スポーツ仲裁規則(以下、「仲裁規則」という。)36条に基づき、これら二つの手続を併合することを決定し、両当事者にその旨の通知を送付した。
第4 仲裁手続の経過
別紙「仲裁手続の経過」記載のとおり。
第5 争点
前提として、競技団体の決定の効力が争われたスポーツ仲裁における仲裁判断の基準として、機構の仲裁判断の先例によれば、①国内スポーツ連盟の決定がその制定した規則に違反している場合、②規則には違反していないが著しく合理性を欠く場合、③決定に至る手続に瑕疵がある場合、又は、④規則自体が法秩序に違反し若しくは著しく合理性を欠く場合において、それを取り消すことができると解すべきであると判断されており、本件スポーツ仲裁パネルもこの基準が妥当であると考える。 申立人らからは、上記①から④までのいずれについても、本件に当てはまるとの主張がなされている。そのうち、被申立人による決定が著しく合理性を欠くとの②との関係で、本件処分1、本件処分2の理由とされた被申立人による事実認定の適否につき、当事者間では特に強く争われている。そこで、第6以下においては、本件の中核的な争点である②に関する下記の点についてまず検討し、その後、必要に応じ、①、③、④に関する点について検討することとする。
1 本件処分1についての被申立人の決定が、後述の事案1との関係で、著しく合理性を欠くものであるか否か。
2 本件処分2についての被申立人の決定が、後述の事案1、事案2、事案3との関係で、著しく合理性を欠くものであるか否か。
第6 本件スポーツ仲裁パネルの判断
その上で、本件スポーツ仲裁パネルは、以下のように判断する。
1 事案1について
(1) 事案1の内容
被申立人は、本件処分1、本件処分2の理由として、以下のような事案1の存在を挙げる(甲5号証、丙1号証)。
すなわち、まず、①申立人2と申立人1が、それぞれD社系、A社・バドミントン部(熊本)の監督であり、コーチであった2014年中頃当時、同部は廃部されて大方熊本県内のB社に移管される見込みであるものの、その人選は必ずしも無条件かどうか明示されていなかった状況下において、申立人1は従前JSC(日本スポーツ振興センター)から支給された指導者用助成金3回分合計80万円のうち、同僚コーチたるEに自主的に分配した40万円と同額を同人から巻き上げることを申立人2と打ち合わせて共謀し、B社へのEの移籍が実は容易ならざる状況であるもののB社幹部らに一定のつてのある申立人2・申立人1の協力次第では移籍も可能かとEに思わせて頼らせて金員を巻き上げることを企て、一旦、同年7月16日頃、申立人2が同部コーチや選手全員を集めてB社へ移籍すると言明してEを安心させたにもかかわらず、翌17日頃突然、申立人1を含む他のコーチの前で「お前(E)はコーチとして使えないから(B社へ)連れて行けない。」などといって、既に一家を構えて住宅ローン返済を抱えていたEを著しく不安にさせたとする。
次に、②それでなくても、同年4月のニュージーランドオープン戦の海外遠征で選手団に期待された成績をあげさせられなかったと称して、申立人2から練習会場で何日にも渡って選手の指導を禁じられて立ちんぼを命ぜられたり、連日のように説教や面罵を繰り返されて圧迫を受けていたEを更に追い詰めて畏怖させたとする。
その上で、③もはや申立人2・申立人1の力にすがらなければ自分も家族も将来はないと思い詰めさせて、同年8月2日朝熊本市内A社××工場併設のスポーツクラブのロビー付近において、封筒に入れた現金40万円を交付させ、申立人1はその間の事情を承知の上でこれを収受し、もって、喝取したものであるとするものであった。
(2) 申立人らの認否
かかる事案1に対し、申立人らは、申立人1と申立人2が、「D社系、A社・バドミントン部(熊本)の監督であり、コーチであった」こと、「平成26年中頃当時、同部は廃部されて大方熊本県内のB社に移管される見込みで」あったことは認めている。
また、申立人1は、「支給された指導者用助成金」の一部をEに渡し、その事実を申立人2に告げたことは認め、また、申立人2は、その事実を申立人1から聞いたことを認めている。
更に、申立人らは、その後に申立人2がEに申立人1への返金を求めたことは認めており、また、申立人1は、更にその後にEが申立人1に返金したことは認めている。
しかし、申立人らは、その余はすべて否認又は不知としている(以上につき、申立人1仲裁申立書、申立人2仲裁申立書、甲20号証、丙29号証)。
すなわち、本件処分1、本件処分2が依拠している事案1の存在については、その大部分について申立人らと被申立人間に争いがある。
(3) 事案1②の検討
そこで、事案1の存在につき検討するに、まず上記②については、Eの陳述書においては同様のことが記載されているが(乙2号証)、E自身については本件仲裁における審問手続において証人としての申出を受けることはなく、証言をすることもなかった。
他方、申立人らの陳述書においては(甲20号証、丙29号証)、そのような事実はなかったとされており、審問手続においても両者はかかる事実を否定している。
そこで、被申立人が事実1の②を認定した過程に着目するに、認定の基礎となっているEに対するヒアリングの記録においては(乙3号証)、この事実が上記のE陳述書の記載と同様に、この事実の存在が述べられている。しかし、被申立人による申立人2のヒアリングの記録においては(乙7号証)、この事実に関しては申立人2に対して質問がなされておらず、結果、申立人2はこの事実に関して反論の機会が与えられていない可能性が高い。また、被申立人による申立人1のヒアリングの記録においては(乙9号証)、この事実の有無につき質問がなされているが、申立人1はこの事実の存在を否定している。
かかる被申立人による事実1②の認定過程をみる限り、被申立人が処分の理由の一つとしている事実1②は、Eのヒアリング結果のみに専ら依拠したものであったことが分かる。
しかし、申立人らは、ヒアリングの場においても、また、被申立人による反対尋問にさらされる本件審問手続においても、この事実を否定している。また、当時のA社・バドミントン部に所属していたF、G、Hについても、そのような事実がなかったとの陳述書を提出した上で(甲17号証、甲18号証、甲19号証、甲23号証、甲24号証)、(海外遠征中であったためビデオ会議システムを用いる形で)被申立人による反対尋問にさらされる審問手続に出席し、この事実を否定しているのである(これに対し、Eの陳述書の内容は反対尋問にさらされていない)。
以上に加えて、全証拠を評価しても、被申立人が処分の理由の一つとしている事実1②については、本件スポーツ仲裁パネルとしては、認めることはできない。
(4) 事案1①③の検討
次に、事案1の①③につき検討するに、Eの陳述書においては同様のことが記載されており(乙2号証)、被申立人によるEに対するヒアリングの記録においても同様のことが述べられている(乙3号証)。もっとも、E自身については本件仲裁における審問手続において証人としての申出を受けることはなく、証言をすることもなかった。
他方、申立人らの陳述書においては(甲20号証、丙29号証)、申立人1が「支給された指導者用助成金のうち半額程度」をEに渡し、その事実を申立人2に告げたこと、申立人2は、その事実を申立人1から聞き、Eに申立人1への返金を求めたこと、その後にEが申立人1に返金したことについては、両者又はそのいずれかによって認められてはいるものの、申立人1が、「40万円と同額を同人から巻き上げる事を申立人2と打ち合わせて共謀」したことや、申立人2が、B社へのEの移籍の命運を同人が握っていることを示唆することでEを「著しく不安にさせ」、Eから同額を「喝取」したことについては、そのような事実はなかったとされており、審問手続においても両者はかかる事実を否定している。この点は、被申立人による申立人らに対するヒアリングの記録においても同様である(乙7号証、乙9号証)。
とすると、被申立人が処分の理由の一つとしている事実1①③も、専らEのヒアリング結果のみに依拠したものであったことがわかる。
そこで検討するに、まず、本件処分1における事実1①③の中核、すなわち、申立人らがEから金員を「喝取」したと評価できるか否かであるが、A社からB社への移籍の過程で自己の立場が不確定であった結果、Eがそのことに不安を抱いていたことは理解できないわけではない。しかし、そうした不安感を意図的にあおることで申立人らが金員を「喝取」したとする被申立人の事実認定には、いかにも無理がある。
第一に、申立人2のEに対する行為の中に、事実1①③の限りにおいて、「喝取」と客観的に評価できるレベルに至る行為を見いだすことが難しい。第二に、申立人2がEに返金を求めるような発言をしたことについては、申立人1に「支給された指導者用助成金」が他者にそもそも分配してはならない性質のものであることからすると、監督の立場にある者が分配の事実を知った後に行った発言としては、その意味において不自然なものではない。第三に、申立人らがEからの「喝取」を「共謀」したという点についても、どのように「共謀」したのか具体的な事実が明らかにされていない上に、何らかの「共謀」がなされたとみなされる根拠も見当たらない。しかも、そもそも申立人2の行為が「喝取」と客観的に評価できるレベルのものではないため、これを認定することは極めて困難である。
以上をみる限り、被申立人が処分の理由の一つとしている事実1①③については、本件スポーツ仲裁パネルとしては、その中核部分の存在を疑わざるを得ない。
2 事案2について
(1) 事案2の内容
被申立人は、本件処分2の理由として、以下のような事案2の存在も挙げる。
すなわち、申立人2は熊本県××所在のB社・バドミントン部の監督であった2015年11月中旬頃、被申立人から熊本県バドミントン協会に振込送金のあった国際バドミントン協会(BWF)支給の上記バドミントン部所属選手、I向け2014年度ボーナス金749,952円並びにJ向け同額ボーナスの2件合計、1,499,904円につき、事情を知らない熊本県バドミントン協会新任担当者からの問合せに対し、既に所属バドミントン部員の金銭の受領につき特別の権限も委託もなかったにもかかわらず、あたかも自分が金銭管理者であるかのように装って返電し、「IとJのボーナスをB社に渡したらB社がその一部を抜いてしまい、両人が損をするから、俺の(個人)口座に振り込んでくれ。ボーナスは、間違いなく二人に渡すから。」と申し向け錯誤させて信用させ、もって、真意は二人に渡すつもりはないのに、2015年12月25日 熊本県バドミントン協会を欺いて上記合計金額全額を××銀行××支店にある(預り金口座ではない)申立人2の個人口座に振込送金交付させて収受し、もって騙取したものであるとするものであった。
(2) 申立人2の認否
かかる事案2に対し、申立人2は、申立人2が当時においてB社・バドミントン部の監督であったこと、被申立人から熊本県バドミントン協会(以下、「県協会」という。)に国際バドミントン協会(以下、「国際協会」という。)支給のI及びJ向けボーナス各749,952円、合計1,499,904円が振り込まれたこと、県協会の担当者から問合せがあったこと、これに対し、申立人2が返電したこと、県協会から同額が申立人2の個人口座に振り込まれたことは認め、その余は否認している(申立人2仲裁申立書、丙30号証)。
その上で、申立人2は、国際協会から選手に支払われる金員を申立人2の個人口座に振り込んでもらった後、申立人2から選手に支払う意向であったこと、その背景に、B社が、国際協会から選手に対する金員はB社に振り込ませ、一定割合をB社が控除して残りを選手に支払うという方針を決めていたところ、I、Jへの国際協会からのボーナスは両氏がA社所属時のものであるためにこれはおかしいと感じ、B社による中抜きを防ぐためにそのような取扱いをしたこと、更に、I、Jへの支払を多忙により失念していたこと等を主張しており(申立人2仲裁申立書)、その陳述書においても(丙30号証)、更に、審問手続においても同様の主張をしている。
(3) 事案2の検討
事案2の中核は、要は、I、Jへ支払われるべき金員を申立人2が「騙取」したといえるか否かである。
この点、少なくともJは陳述書を提出しており、その中で、当該金員が自らに支払われることにつき、申立人2から伝えられたことがなかったことが述べられている。すなわち、申立人2については、I、Jへ支払われるべき金員につき、少なくともJについては、明確な承諾がないままに、Jに支払われるべき金員を自己の個人口座へ振り込みを行わせていた可能性が高い。
しかし、その時点において、自己の個人口座に振り込まれる金員をI、Jへ支払う意思がなかったか否か、すなわち、「騙取」の故意を認めることができるか否かについては、(B社に指摘を受けるまで)I、Jへの支払を試みようとしなかったという事実はあるものの、A社所属時のボーナスであるからB社に支払われるべき筋のものではないとの理解の下、選手に支払われるべき金員のB社による中抜きを防ぐためにそのような取扱いをしたという説明には、一定の合理性を認めざるを得ない。すなわち、本件スポーツ仲裁パネルとしては、「騙取」の確定的な故意を認めるには十分でないと判断する。
もっとも、他者の金員を預かるつもりであったというのであれば、申立人2の金銭管理の実態は、杜撰すぎる管理であるといわざるを得ない。そしてその結果、「騙取」を疑われかねない状況に至ったことは確かであり、その点は非難を免れることはできないであろう。
ただし、この点については被申立人も、一定の非難を免れることはできないであろう。国際協会から選手に支払われるべき金員は、まずは県協会に渡されるのであり、支払方法や管理方法につき県協会がルール整備や監督をしっかりと行っていれば、このような事態は防げた可能性があった。そして、日本のバドミントン界を統轄・代表する被申立人が、国際協会からの支払の対象となる選手に適切に金員が渡されるように配慮をしておけば、このような事態が防げた可能性があったといえる。
3 事案3について
(1) 事案3の内容
被申立人は、本件処分2の理由として、以下のような事案3の存在も挙げる。
すなわち、申立人2は、B社・バドミントン部監督であった2016年秋頃自分の配下であり同部スパーリング担当だったKが当時半ばタブー視されていた部内男女間恋愛の禁を犯して同部選手Lと結婚を前提に交際中と知るや、規律違反等を目的に金員を脅し取ることを企て、同年10月31日及び11月7日頃、熊本市××所在のA社××工場内スポーツプラザ会議室等において「俺はお前が女子選手に手を出すようなことは絶対ないからと会社(B社)を説得してお前をチームに入れてやったんだ。俺に何の相談もなしにLとできて、そして事後報告して二人でトンズラか。夜逃げと一緒たい。なに仕事するにしても出世せんて。Lにも相当言ったら、泣いた。チームはお前の為にバイト代を払ってやったんだから、そのバイト代を返せ。申立人1なんてLの給料を1年間差し押さえてくれと言ってるんだ。50万円を返せ。誠意を見せろ。でも40万円で勘弁してやるから、きちんとけじめをつけろ。」 などと申し向け、要求に応じなければK、L両氏の名誉やその将来の活動にいかなる危害も与えかねない勢いを示して脅迫し、恫喝したが、間もなくKがB社幹部らに相談してこれに応じなかったため、金員喝取の目的を遂げず、未遂に終わったものであるとする。
(2) 申立人2の認否
かかる事案3に対し、申立人2は、KとLが交際していたこと、A社××工場併設のスポーツクラブ会議室等で両人と会ったことは認め、その余は否認している(申立人2仲裁申立書、丙31号証)。
その上で、申立人2は、(一般的な恋愛禁止ではなく)スタッフと選手の間での恋愛のみを禁じるルールがあったこと、そのルールはスタッフであるKとの契約内容にもなっていたこと、ルールを破ったKへの怒りも手伝って契約に違反した以上は報酬全額を会社に返金すべきである旨を述べたこと、その後、(報酬全額に比して低い額である)10万円をKが持参したが受け取らなかったこと、Kが真摯に反省して謝罪したことを示させるために報酬全額の返金を要求したのであり、最初から受け取るつもりがなかったこと等を主張しており(申立人2仲裁申立書)、その陳述書においても(丙31号証)、更に、審問手続においても同様の主張をしている。
(3) 事案3の検討
事案3については、大筋において、申立人2と被申立人の間で客観的な事実関係についての認識に差はない。認識の差は、申立人2の行為が、「脅迫し、恫喝し」た上での「金員喝取」のための行為と評価すべきものか否かという点にある。 この点において、Kが10万円を持参した際の申立人2とKの会話のKによる録音が証拠として提出されており(乙4号証)、その評価のためには参考になる。そしてそこにおいては、「金じゃないったい。それこそ誠意って。けじめつけろっちゅうことなの。分かる?言ってる意味。けじめつけろって」といった申立人2の発言が記録されている。この発言は、報酬全額の返金を求めたことの申立人2の説明、すなわち、Kが真摯に反省して謝罪したことを示させるために報酬全額の返金を要求したのであり、最初から受け取るつもりがなかったとの説明と、整合的であるといえる。
また、申立人2はKに対し、契約に違反した以上は報酬を「返金」する必要があると述べている。「返金」されるべきは、報酬を支払った主体である会社であるところ、そちらへの支払を要求しているのであって、自己への支払を要求しているわけではない。
加えて、会話全体の流れからは、申立人2がKに対して声を荒らげているのは、専らルールを違反したことについてのスタッフとしての反省が足りないという点に向けられているのであって、金員を「喝取」するためになされているものではない。
もっとも、「喝取」とは評価できないとしても、ルールに違反したからといって報酬全額の返金を強く要求することは、決して褒められた行為ではない。すなわち、ハラスメントと評価されてもおかしくはない行為であり、その点において非難を免れることはできないであろう。
4 本件処分1、本件処分2は著しく合理性を欠くものであるか
(1) 本件処分1について
まず、本件処分1については、その根拠となる事案1自体が、上述のように、その中核部分の存在を疑わざるを得ないものである。
したがって、これを根拠に被申立人が本件処分1を決定した点については、著しく合理性を欠く決定であったと評価せざるを得ない。
(2) 本件処分2について
これに対し、本件処分2は、事案1以外に、事案2、事案3をも根拠にしており、事案1自体がその中核部分の存在を疑わざるを得ないものであるからといって、即、著しく合理性を欠くものであったということにはならない。
まず、事案2については、上述のように、申立人2に、金銭管理の杜撰さ、その結果として、「騙取」を疑われかねない状況に至ったという点において、非難すべき事情がある。また、事案3については、上述のように、ハラスメントと評価されてもおかしくはない行為がなされたという点において、やはり非難すべき事情がある。
しかし、かかる事情があるからといって、「被申立人会員登録を無期に渡り認めない事とする処分」が下されることについては、処分の相当性の観点からは、あまりに重すぎる制裁といわざるを得ない。したがって、本件スポーツ仲裁パネルとしては、これらを根拠に被申立人が本件処分2を決定した点については、著しく合理性を欠く決定であったと評価せざるを得ない。
ところで、本件処分2は、「被申立人倫理規程第4条第1項乃至第5項所定の事案に該当する重大な違反があったとして同規程第5条4項により」決定されたものである(甲5号証、丙1号証)。そして、かかる被申立人倫理規程5条4項には、処分の種類として「除名、登録抹消、競技会への出場停止、賠償、解任、注意など」が列挙されている(丙3号証)。
この点で、「被申立人会員登録を無期に渡り認めない事とする処分」は、ここに列挙されていない。日本において当該スポーツを統轄・代表する団体については、当該団体に所属できるか否かが当該競技の活動を行うために事実上必須であることとの関係で、競技者の権利に十分な配慮がなされる必要がある。そしてその観点からは、「など」を付したからといって、列挙された処分以外の処分を自由無制限に行うことができるとは到底いえないであろう。少なくとも、将来に向けて無期限に登録を認めないという処分を行うことは、許されないといえよう。
申立人2に対する本件処分2は、処分の相当性の観点からは著しく合理性を欠くものではあるが、だからといって、申立人2の上述の非難すべき事情につき何ら制裁が必要ではなかったと、本件スポーツ仲裁パネルとしては、考えるものではない。ただ、その場合であっても、被申立人倫理規程5条4項に処分の種類が列挙されていることを重視し、その種類の範囲内での制裁が科されるべきであったと考える。
その上で、申立人2は、既に会員登録がなされていない状態がほぼ1年続いているのであり、それは1年間の「登録抹消」と実質的には同じものであるから、本件スポーツ仲裁パネルとしては、申立人2に対してこれ以上の制裁は必要ないと考える。
5 その余の請求について
その他、申立人2は、「申立人を被申立人の会員として登録する」ことも請求しているが、仲裁規則2条1項によれば、「この規則は、スポーツ競技又はその運営に関して競技団体又はその機関が競技者等に対して行った決定(競技中になされる審判の判定は除く。)について、その決定に不服がある競技者等(その決定の間接的な影響を受けるだけの者は除く。)が申立人として、競技団体を被申立人としてする仲裁申立てに適用される」と定められている。そうである以上、本件スポーツ仲裁パネルが、被申立人に対して新たな決定を求めることはそもそもできない。
もっとも、「被申立人会員登録を無期に渡り認めない事とする処分」を下す決定が取り消された場合、取り消された本件処分2を理由に登録を拒絶することはできないのであるから、かかる請求は実質的には実現されることになろう。
被申立人についても、申立人2により申請があった場合には、速やかに会員登録の手続を進めることが望まれる。なお、そのことは申立人1についても同様である。
第7 結論
以上より、本件処分1、本件処分2は、著しく合理性を欠く決定である以上、申立人らが主張するその他の原因・理由を勘案するまでもなく、取り消されることになる。
また、上述のように、その余の請求については、却下されることとなる。
なお、かかる問題ある処分が下されなければ、申立人らは本件仲裁申立てを行う必要がなかったのであり、そうである以上、仲裁費用は被申立人が負担すべきであるということになる。
以 上 2019年3月29日
スポーツ仲裁パネル
仲裁人 早川 吉尚
仲裁人 望月 浩一郎
仲裁人 日下部 真治
仲裁地 東京
(別紙)
仲裁手続の経過
2018年10月1日、JSAA-AP-2018-008号仲裁事案申立人(以下「申立人1」という。)は公益財団法人日本スポーツ仲裁機構(以下「機構」という。)に対し、「仲裁申立書」「証拠説明書」「委任状」「第322回理事会議事録(日本バドミントン協会)」及び書証(甲1〜16号証)を提出し、本件仲裁を申し立てた。
同月5日、機構は、スポーツ仲裁規則(以下「仲裁規則」という。)第15条第1項に定める確認を行った上、同条項に基づき申立人1の仲裁申立てを受理した(JSAA-AP-2018-008号仲裁事案)。
同月17日、申立人1は、機構に対して、「仲裁人選定通知書」を提出した。
同月23日、機構は、申立人が提出した「仲裁人選定通知書」に基づき、記載の仲裁人候補者に対し「仲裁人就任のお願い」を送付したが、仲裁人就任を承諾しない旨の回答がなされた。
同月10月26日、被申立人は、JSAA-AP-2018-008号仲裁事案に関して「答弁書」、「証拠説明書」、「履歴事項全部証明書」、「定款」及び書証(乙1~乙12)を提出した。
同年11月3日、申立人1は、機構に対して、「仲裁人選定通知書」を再提出した。
同月7日、機構は、申立人が提出した「仲裁人選定通知書」に基づき、申立人側仲裁人として望月浩一郎を選定し、「仲裁人就任のお願い」を送付した。
同月9日、望月浩一郎は仲裁人就任を承諾した。 同日、被申立人は、仲裁人選定期限までに仲裁人を選定しなかったため、機構は、規則第22条第2項に基づき、八木由里に「仲裁人就任のお願い」を送付した。
同月12日、八木由里は仲裁人就任を承諾した。
同月13日、機構は、申立人1及び被申立人に対し、「JSAA-AP-2018-008号仲裁事案に関する『仲裁人として当該仲裁事案の当事者に対して持つべき公平性に影響を及ぼす可能性がある事由』の開示について」を送付した。
同月15日、被申立人は、機構に対して、仲裁人就任に関する「異議申立書」を提出した。
同月21日、機構は、上記の被申立人提出「異議申立書」について、仲裁規則第23条第2項の当事者の一方による仲裁人忌避の申立てとして受理した。
同月23日、八木由里は仲裁人を辞任した。
同月26日、申立人1は、機構に対して、忌避の申立てに関する「意見書」を提出した。
同日、被申立人は、機構に対して、「上申書」を提出した。
同年12月3日、上記9の仲裁人の辞任を受け、機構は、規則第25条及び第22条第2項に基づき、日下部真治に「仲裁人就任のお願い」を送付した。
同月4日、日下部真治は仲裁人就任を承諾した。 同日、機構は、望月仲裁人及び日下部仲裁人に対し、「第三仲裁人選定のお願い」を送付した。
同日、JSAA-AP-2018-011号仲裁事案申立人(以下「申立人2」という。)は機構に対し、「仲裁申立書」「証拠説明書」「委任状」及び書証(丙1~丙27)を提出し、本件仲裁を申し立てた。
同日、機構は、「第三仲裁人選定通知書」に基づき、早川吉尚を第三仲裁人に選定し、「仲裁人就任のお願い」を送付した。
同月6日、早川吉尚は、仲裁人長就任を承諾し、早川仲裁人を仲裁人長とする、本件スポーツ仲裁パネルが構成された。
同月7日、申立人1は事案の併合に関する「申入書」を提出した。
同月10日、申立人2は事案の併合に関する「申入書」を提出した。
同月11日、機構は、被申立人に対して、「貴団体を相手方とする仲裁申立て及び併合についての意見聴取に関する件」を送付した。
同月12日、機構は、仲裁専門事務員として農端康輔を選任し、「仲裁専門事務員就任のお願い」を送付した。
同月13日、忌避委員会は、機構に対して、答申書を提出した。 同日、機構は、上記忌避委員会による答申書の提出を受け、被申立人による忌避の申立てを棄却する旨の決定を行った。
同月14日、農端康輔は、仲裁専門事務員就任を承諾した。
同月21日、機構は、規則第15条第1項に定める確認を行った上、同条項に基づき申立人2の仲裁申立てを受理した。(JSAA-AP-2018-011号仲裁事案)
同月26日、被申立人は、機構に対して、「2仲裁事案併合審理可否に関する意見書」及びそれに関連する書証(疎乙1~5号証)を提出した。
同月28日、申立人1は、JSAA-AP-2018-008号仲裁事案に関して「主張書面(1)」を提出した。
2019年1月7日、機構は、申立人1に対するJSAA-AP-2018-008号仲裁事案及び申立人2に対するJSAA-AP-2018-011号仲裁事案について、仲裁規則第36条に基づき併合することを決定し、両当事者に「仲裁事案の併合に関する通知」を送付した。
同月11日、被申立人は、JSAA-AP-2018-011号事案に関する「答弁書」、「証拠説明書」、「履歴事項全部証明書」、「定款」及び書証(乙13~乙19)を送付した。
同月18日、本件スポーツ仲裁パネルは、事案の明確化に関する「スポーツ仲裁パネル決定(1)」を行った。
同月21日、本件スポーツ仲裁パネルは、審問期日及び審問期日の証人尋問等に関する「スポーツ仲裁パネル決定(2)」を行った。
同月31日、申立人2は、「主張書面1」、「主張書面2」、「証拠説明書」、「証人申請書」、「証人申請書2」及び書証(丙28)を提出した。
同日、申立人1は、「主張書面(2)」、「証拠申出書」、「証拠申出書2」、「上申書」を提出した。
同日、被申立人は、「主張書面(1)」、「証拠説明書」、「代理人選任書」及び書証(乙20~乙27)を提出した。
同日、申立人2は、「意見書」を提出した。
同日、被申立人は、「F・G・H証人採否に関する意見書」を提出した。
同月12日、本件スポーツ仲裁パネルは、証人尋問の採用及び審問当日の進行に関する「スポーツ仲裁パネル決定(3)」を行った。
同月13日、申立人1は、「証拠説明書」及び書証(甲21~甲22)を提出した。 同日、申立人2は、「証拠説明書」及び書証(丙29~丙31)を提出した。
同月18日、申立人1は、「証拠説明書」及び書証(甲23~甲25の2)を提出した。
同日、申立人2は、「証拠説明書」及び書証(丙32)を提出した。
同月20日、申立人2は、「立証趣旨及び尋問事項追加申立書」を提出した。
同月21日、本件スポーツ仲裁パネルは、審問当日の証人・本人尋問の時間配分等に関して「スポーツ仲裁パネル決定(4)」を行った。
同月22日、被申立人は、「証拠説明書」及び書証(乙28~乙30)を提出した。
同月23日、申立人2は、「証拠説明書」及び書証(丙33)を提出した。
同月26日、本件スポーツ仲裁パネルは、東京において審問期日を開催した。
同月27日、本件スポーツ仲裁パネルは、釈明事項に関する主張書面の提出に関して「スポーツ仲裁パネル決定(5)」を行った。同決定の中で、2019年3月8日の経過をもって、本件仲裁手続の審理を終結する旨を両当事者に通知した。
同年3月5日、申立人2は、「証拠についての意見(乙第4号証)」を提出した。
同月8日、被申立人は、「主張書面(2)」、「主張書面(3)」、「証拠説明書」及び「乙31~乙35」を提出した。
同月8日の経過をもって、本件スポーツ仲裁パネルは、「スポーツ仲裁パネル決定(5)」に基づき審理を終結した。
同月20日、本件スポーツ仲裁パネルは、連絡事項を発出した。
以上
以上は、仲裁判断の謄本である。
公益財団法人日本スポーツ仲裁機構
代表理事(機構長) 山本 和彦